白井敬尚

しらい・よしひさ
SHIRAI, Yoshihisa

タイポグラフィ、エディトリアル、ブックデザイン、グラフィックデザイン

Typography, Book Design, Graphic Design

教授

Professor

2012年4月着任
1961年愛知県生まれ

研究テーマ:

タイポグラフィ及びブックデザイン。

株式会社正方形(清原悦志主宰)を経て、'98年白井敬尚形成事務所を設立。 タイポグラフィを中心としたグラフィックデザインに従事している。
デザインワーク:
『書物と活字』朗文堂 '98年、『欧文書体百花事典』朗文堂 '03年(共著・編集)、「ユリイカ」青土社 '04−'06年、片塩二朗著『秀英体研究』大日本印刷 '04年、ggg『EXHIBITIONS』大日本印刷ICC本部 '07年、東京タイプディレクターズクラブ『Tokyo TDC Vol.20』DNPアートコミュニケーションズ '09年、『武蔵野美術大学のあゆみ 1929−2009』武蔵野美術大学出版局 '09年、三嶋典東著『LINE STYLE』ブルース・インターアクションズ '09年、山口藍著『ほがらほがら』羽鳥書店 '10年ほか、'05年よりデザイン誌「アイデア」(誠文堂新光社)のアートディレクションとデザインを担当。
主な著作:
「日本の活字版印刷を支えたアメリカの活字版印刷」『日本の近代活字 本木昌造とその周辺』近代印刷活字文化保存会 '03年(共著)、「タイポグラフィ 言語造形の規格化と定数化の軌跡」『言語社会2』一橋大学大学院言語社会研究科 '08年(共著)、「活字とグリッド・システム―ブックフォーマットの形成」『文字講座』誠文堂新光社 '08年(共著)、「図書設計 09−No. 77」[特集 本宇宙 粟津潔 造型再考ノート]日本図書設計家協会 '09年、「ユリイカ 2009. 9 特集*アルフォンス・ミュシャ」[ミュシャのレタリングとタイポグラフィ]青土社 '09年ほか。
その他:
「TYPOJANCHI:Seoul International Typography Biennale」TYPOJANCHI、'01年出品、'11年出品・スピーカー・レクチャー。第673回デザインギャラリー1953企画展「本の知と美の領域 VOL. 1 白井敬尚の仕事」展、日本デザインコミッティー(企画/構成:平野敬子)'11年。朗文堂タイポグラフィスクール 新宿私塾講師(カリキュラム構成)朗文堂 '03年−。東京タイプディレクターズクラブ『東京TDC賞』ゲスト審査員 '08、'10年。東京TDC 希望塾第10期 '07年、第15期 '10年講師。ミームデザイン学校講師 '11−'12年。Asia Creative Academy講師 '11年(ソウル)。
「アイデア 314号 エミグレ1984−2005」

「アイデア 314号 エミグレ1984−2005」

AD、D、誠文堂新光社、2006


『ほがらほがら』

『ほがらほがら』

AD、D、Ed、山口藍著、羽鳥書店、2010


「言葉を伝える」という言語伝達の本質からいえば、紙に活字をしるし束ねるという一連の行為と、それを構成する要素のほとんどは、無駄なものなのかもしれない。書体の形、サイズ、行間、組幅、組体裁、マージン設定、インキ、紙、そして印刷、製本そしてその結果としての書物……。
  だが、その無駄のなかには、時代の感性、そして歴史の記憶と身体が感知する圧倒的な量の非言語情報が存在している。言い換えれば記述言語とは非言語の集積、つまりタイポグラフィそのものであり、タイポグラフィによって記述言語伝達は支えられ存在しているのだ。
  15世紀中葉、ドイツのマインツでヨハン・グーテンベルクが活字版印刷術を創始して以来、先人のタイポグラファたちは550年以上にわたって、この行為を営々と繰り返してきた。たとえその行為が言語伝達の本質にとって無益な、消耗的努力だと感じていたとしてもだ。そして、活字を組むこととは、いかなる時代にどのような機材を用いようとも、すべてが等しくこの延長線上にある。
  「活字は美しいですね。人が花を美しいと思うように、僕は活字が美しいと感じるんです」と言ったのは、師、清原悦志である。
  「美」もまた記述言語伝達の本質にとって、無駄なものなのかもしれない。けれども僕は、この「無駄」に限りない魅力を感じている。
「本の知と美の領域 VOL. 1 白井敬尚の仕事」展(日本デザインコミッティー、 2011)より
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