大浦一志

おおうら・かずし
OOURA, Kazushi

美術、グラフィックデザイン

Fine Art, Graphic Design

教授

Professor

2003年4月着任
1953年兵庫県生まれ
武蔵野美術短期大学
専攻科デザイン専攻
商業デザインコース修了

研究テーマ:

1990年11月の雲仙普賢岳噴火後、東京(自宅)と現地(長崎県南島原市)を往還し自然と人間の関係を見つめる。

'92年8月より、現地において定点観測によるフィールドワークを続けている。被災地の風化と再生に向かう環境の中、身体を通して噴火後の自然を実感する「普賢岳プロジェクト」を進行中。2019年3月で51回(27年)を数える。
'98年「第27回現代日本美術展」東京都美術館・京都市美術館(招待作家)、'99年「自然を読む…アナタノ自然ハドコニアル…」埼玉県立近代美術館、'01年「毎日モダンアートオークション2001」ラフォーレミュージアム六本木・出品作品展、'05年「第39回造本装幀コンクール展」東京国際展示場、'12年「MOMASコレクションⅣ アーティスト・プロジェクト 大浦一志:自然と人間 雲仙普賢岳との20年」埼玉県立近代美術館。
'92年「第21回現代日本美術展」佳作賞・世田谷美術館賞、'94年「第23回現代日本美術展」北海道立帯広美術館賞、'94年「第5回TAMON賞」優秀賞、'95年「第24回現代日本美術展」佳作賞・埼玉県立近代美術館賞、'97年「第26回現代日本美術展」毎日現代美術大賞、'05年「第39回造本装幀コンクール展」日本印刷産業連合会会長賞。
パブリックコレクション:世田谷美術館、北海道立帯広美術館、埼玉県立近代美術館。

OOURA, Kazushi

Professor


After the eruption of Unzen Fugen-dake in November 1990, I traveled between my home in Tokyo and the site in Minami-Shimabara in Nagasaki Prefecture, engaging in activities from the perspective of art. In the year following the large pyroclastic flow that occurred on June 3, 1991, I carried out fieldwork at the site through fixed-point measurements. As the incident began to fade from memory and the environment recovered, I continued the Fugen-dake Project on 37 occasions up to March 2013 in order to get a real physical sense of nature after the eruption. Since April 2011 I have been promoting the Unzen Fugen-dake Multilayer Excavation Project to clear and hold open exhibitions at two places buried in the erosion-control zone designated by the Unzen Restoration Project Office of the Ministry of Land, Infrastructure, Transport, and Tourism—the ruins of a home burned in the large pyroclastic flow 22 years ago and, underneath it, the Gongenwaki Ruins dating from the late Jomon period.

第50回 普賢岳プロジェクト

このプロジェクトは、2011年〜2016年に行った「被災民家跡・発掘プロジェクト」が一区切りした後、2018年3月からはじめた「埋葬・発掘シリーズ」である。これまでの雲仙普賢岳の「大火砕流で被災した《残骸》を掘り出し埋める」という経験をもとに「《自作》を埋めて掘り出す」という新たな展開となった。埋葬する自作は、現地でのフィールドワークで私が最も記憶に残った写真を拡大プリントしたものである。その写真は、噴火後の被災地で圧倒的なエネルギーを感じながら自然と一体となって撮影したものであり、私の魂が宿った《記憶の残像》といえる。この「埋葬・発掘シリーズ」は、外部世界の《被災した残骸》とは異なり、内部世界の《記憶の残像》を被災地面に埋めて掘り出す試みである。
制作場所は、2016年に発掘した「被災民家跡」(現在ブルーシートで覆われている部分)と「足場」の間の地面で、足場3階(定点)から観ると「埋葬・発掘地面」、「被災民家跡」、「普賢岳」と直線上に位置している。はじめて《自作》を埋めたのは2018年3月14日である。その5ヶ月後の8月11日に「自作1」を掘り出す。3日後、8月14日には「自作2」を埋め、約7ヶ月後の2019年3月8日に掘り出した。そして3日後の3月11日に「自作3」を埋葬した。以下の写真は2018年8月14日から20日までの「自作2」を埋葬した時のプロセス写真である。

制作場所  :長崎県南島原市(国土交通省 雲仙復興事務所 砂防指定地域内 被災民家跡)
制作年   :2018年8月
制作期間  :8月14日〜8月21日
使用素材  :1990年の雲仙普賢岳噴火後に生まれた火山灰・噴石など、その後の自然物    
穴サイズ  :2,000㎜(縦)×2,400㎜(横)×500㎜(高さ)
作品サイズ :1,067㎜(縦)×1,460㎜(横)
作品画像  :2011年から5年間をかけて発掘した被災民家跡の最終現場。2016年9月24日撮影。
作品タイトル:杉並区阿佐谷南3-23-13〜普賢岳「埋葬2」-01 2018.8.14

2020021_01.jpg

杉並区阿佐谷南3-23-13〜
普賢岳「埋葬2」-01

2018.8.14


2020021_02.jpg

杉並区阿佐谷南3-23-13〜普賢岳「埋葬2」-05

2018.8.15
2020021_03.jpg

杉並区阿佐谷南3-23-13〜普賢岳「埋葬2」-07

2018.8.17
2020021_04.jpg

杉並区阿佐谷南3-23-13〜普賢岳「埋葬2」-10

2018.8.18


2020021_05.jpg

杉並区阿佐谷南3-23-13〜普賢岳「埋葬2」-11

2018.8.18
2020021_06.jpg

杉並区阿佐谷南3-23-13〜普賢岳「埋葬2」-13

2018.8.18
2020021_07.jpg

杉並区阿佐谷南3-23-13〜普賢岳「埋葬2」-15

2018.8.18


2020021_08.jpg

杉並区阿佐谷南3-23-13〜普賢岳「埋葬2」-18

2018.8.20

ページの最初へ