松葉一清

まつば・かずきよ
MATSUBA, Kazukiyo

近代建築史、近代都市史、 現代建築評論

History and Theory of Modern Architecture

教授

Professor

2008年4月着任
1953年兵庫県生まれ
京都大学工学部建築学科卒業

研究テーマ:

近代史の視点から、現代都市・建築を評価、批評し、21世紀の都市と建築のあるべき姿を探究する。

30年以上にわたり、専門誌、学術誌、一般誌を舞台に、都市と建築、さらに都市文化全般にわたる論考の寄稿を続けてきた。また、朝日新聞編集委員として、同領域の社会的な課題の論考を連載し、ポスト・モダンをはじめ建築論の先導役をつとめている。
主な著書:『やまぐち建築ノート』マツノ書店、'79年。『近代主義を超えて』鹿島出版会、'83年。『日本のポスト・モダニズム』三省堂、'84年。『ポスト・モダンの座標』鹿島出版会、'87年。『幻影の日本―昭和建築の軌跡』朝日新聞社、'89年。『失楽園都市』講談社選書メチエ、'95年。『アンドウ―建築家安藤忠雄の発想と仕事』講談社、'96年。『帝都復興せり!―「建築の東京」を歩く1986−1997』朝日文庫、'97年。『パリの奇跡―都市と建築の最新案内』朝日文庫、'98年。『モール、コンビニ、ソーホー―デジタル化がもたらすポピュリズム』NTT出版、'02年。『新建築ウォッチング2003−2004』朝日新聞社、'04年。
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研究のこれまでとこれから

1970年代後半に建築評論の世界に身を投じたとき、近現代建築を対象にした国内での議論は閉塞的な状況にあった。すでに70年代に長谷川堯(武蔵野美大名誉教授)によって、近代主義批判の扉は開かれていた。だが、長谷川の精緻な理論と、国際的な建築界における近代主義を批判的に乗りこえるポスト・モダンの大きなうねりは必ずしも連動せず、過去の建築を尊重する形でしか近代主義への検証はなされず、鎖国的な状況が続いていた。
  丹下健三を頂点とする日本の近代建築家の活動に対して、すでに社会は批判の視線を向け、丹下自身が海外に活動の場を求めざるを得ない状況に追い込まれながら、既存の建築専門誌は、現状を打破する新たな建築像を模索する動きを取り上げるのに躊躇し、それらの断片的な扱いに終始し、新しい動向として総括するだけの力量と視点を持たなかった。
  拙著『近代主義を超えて』(1983年)は、丹下健三と村野藤吾の作品を対比的な評価の中軸に据えて、そこに磯崎新、さらに長谷川堯の論考を交え、わが国における脱近代主義の動きを総括する目的で執筆された。同書には、前年、朝日新聞文化面の同名連載で紹介した象設計集団、安藤忠雄らの作品批評も収録、続く拙著『日本のポスト・モダニズム』(1984年)、『ポスト・モダンの座標』(1987年)とともに、わが国の表現の世界に、ポスト・モダンの概念を浸透・定着させる役割を果たした。
  現代批評には歴史家の視点が不可欠というのが、わたしの信念である。専門領域の批評者は歴史に精通し、新たな動向の位置づけを、過去に照らして認定する責務を負っている。これを全うするためには、現代を幅広く新たな視界に収めると同時に、歴史的な都市・建築の検証を、実地でオリジナルな視点に基づいて進める鍛練を怠ってはならない。『帝都復興せり!』の最初の単行本は1987年に平凡社から刊行した。これは都市東京の原点を、関東大震災の復興期に求めるもので、97年には再度の包括的な踏査の成果を反映した朝日文庫版の同名書を執筆し、現代と歴史の世界の往復を重ねた。
  あわせて、現代都市のありかたを、デジタルカルチャーのなかで論じる必要も痛感している。都市の概念、さらには都市を使う時間の変化など、インターネットなどヴァーチャルスペースの拡大はこれまでの都市論、建築論の根幹を揺るがしかねない事態を招いている。『モール、コンビニ、ソーホー』(2002年)は、新たな都市論、建築論への挑戦であったが、都市の電子的な世界のジャンクヤード化が拡大する一方の21世紀において、この課題はもっと深めていくべきであろう。
  2005年以降、4年間にわたって、朝日新聞日曜版紙上で「奇想遺産」と題した連載を企画し、鈴木博之らと分担執筆している。これは歴史的な建築の奇矯さの持つ力を、世界規模で再確認する内容であり、2007年の同名の単行本とともに、建築界内外で注目を集めた。
  研究・批評者としてのわたし自身、このようにアクチュアルな歴史の世界とヴァーチャルな仮想空間を行き来しながら、現代を解析・評論する毎日を送っている。手放しで状況の変化を喜べはしないし、もはやアクチュアルな世界に明日はないと悲観することもない。前向きに二つの世界に挑んでいきたいと考えるし、そこから次の展開が生まれてくるのだと信じて、日々の時間を専門領域に注ぎこんでいる。


都市のコモディティーを超えて

  現代において都市はコモディティーでしかないのか。この命題への解答こそが、21世紀の都市の生死を分かつと考えている。コモディティー、つまりは日用品。確かに、多くの市民が行き交い、経済活動をはじめ、さまざまな日常を過ごす場であるという点では、都市は間違いなく究極のコモディティーである。しかし、だからといって、都市を設営する側、具体的に街区や建築を設計する専門家たち、あるいは、わたしのように都市と建築を論じる立場の人間が、都市がコモディティーであると受動的に肯定してしまってよいのか、という問題意識を抱き続けている。
  かつて絶対権力が存在した19世紀には、今日、わたしたちが美しいと認識する模擬バロックなどの近代都市が完成した。ナポレオン3世とオスマン男爵のパリがそうだし、ハプスブルクの事実上の最後の皇帝フランツ・ヨゼフと建築家オットー・ワグナーが構築したウィーンも筆頭格に位置する。すでに往時の輝きは失っていたものの、帝政であれ、王政であれ、そこに権力集中があれば、都市は国家の威厳を体現するために、叡知と人材を集めたうえで、品格をもって構築された。
  20世紀における都市観の根底の尺度は、今なお、それら19世紀の近代都市に依拠している。都市は都市遊民と呼ばれるひとびとがたむろする場であったが、決して、日用品ではなかった。着飾った自分を誇示する場であり、文化の爛熟を体感する場であった。放射状の道路と円形広場のネットワークから成る模擬バロック都市のパリも、環状の防御土塁を取り払ったあとに公共的な大建築を多様な様式で林立させたウィーンも、都市の骨格自体、さらには、そこを埋める新しい建築群という観点から、「日常」を超えた「権威の美」を実現していた。そこを歩くひとびとは、それを誇らしく思っていた。
  そして、1930年代以降、モダニズムがやって来た。機能と合理の二つのイズムを、鉄とガラスとコンクリートで宣言する箱型の建築が、あたかも兵舎のようにならぶ景観は、いっときはドイツ圏のジートルンクが称賛されたように、20世紀都市のお手本とされた。だが、第2次大戦後の拙速な復興を終えると、現代が生み落とした不毛の空間として指弾された。すでに成立していた19世紀都市、あるいはそれ以前の街並みは、モダニズムの狂信的な信奉者とその無批判な追従者によって世界のあちこちで破壊の憂き目をみた。
  それゆえ、20世紀の後半において、都市の美観を巡る議論は、懐古かつ反省の論調に終始せざるをえなかったのである。すでに絶対権力を失った都市は、商業主義がもたらした看板やネオンサインで埋めつくされ、さらに近年は公的な性格ゆえに都心に維持されてきた土地が、自由放任によって全権を得た商業資本によって再開発され、都市は品格を失い、日用品に堕してしまった。20世紀都市を仕切った官僚制が、商業主義を下目に見て、都市計画のプログラムのなかでまっとうに扱ってこなかった反動が、圧倒的な商業主義の反撃的な優位をもたらしたとも見なせよう。
  1970年代、米国の建築家ロバート・ヴェンチューリは、都市近郊の住宅地を例にとり、そこにならぶ建築家たちが相手にしない住宅や商店を「アグリーでオーディナリー(醜悪で平凡な)」と位置づけて、20世紀を画したモダニズムの巨匠たちの「英雄的な」姿勢と対比した。現在の都市に、すでにモダニズムの時代のような英雄と目される建築家の姿はなく、商業的に成功するモールを企画する者(建築家とは限らない)が時代の寵児となっている。こぎれいな姿に化粧直しした「アグリーでオーディナリー」が21世紀の都市の姿なのだ。かつての絶対権力による「採算抜き」の都市や建築の構築は今や難しく、市民もまた公共的な施設に巨額の建設費を投じることに拒否反応を示している。
  ヴェンチューリも「アグリーでオーディナリー」という観念語は使わず、現状を「エブリデーカルチャー」という、もっとあけすけな用語で呼ぶ。それは筋金入りの老アヴァンギャルドの半ば自嘲的な皮肉の言説なのだが、コモディティーを超える都市論議を重ねていかねば、わたしたちは19世紀から一歩を前に進まないどころか、後退したまま21世紀を過ごさねばならぬことになる。
  ここにあげた2冊の拙著『パリの奇跡』と『帝都復興せり!』は、パリと東京という2つの都市を複数回、包括的に踏査した記録だ。東京は、1920〜30年代の関東大震災からの復興期に近代都市の骨格を、いわばモダニストたちの自負を背骨に構築された。パリは、米国文化優位の状況を、1980年代になって登場した社会主義者の大統領が、国際級の大文化施設を連発することで挽回しようとした。その所業を検証し、自省もこめて、都市の品格を挽回する議論を継続せねばならない。そして、コモディティーを超えるのだ。 ページの最初へ