金子伸二

かねこ・しんじ
KANEKO, Shinji

生活デザイン

Theory of Design, Study of Mass Culture and Social History of Knowledge

芸術文化学科

教授

Professor

2002年4月着任
1964年千葉県生まれ
上智大学大学院哲学研究科哲学専攻博士前期課程修了、修士(哲学)

研究テーマ:

近代日本における造形認識の形成に関する研究。

著書:(単著)『造形学概論』武蔵野美術大学出版局 '04年、(共著)『編集研究』同 '02年、『造形学研究』同 '03年、『教養としての編集』同 '09年、『ミュゼオロジーへの招待』同 '15年、『ミュゼオロジーの展開 経営論・資料論』同 '16年、『アートマネージメントを学ぶ』同 '18年。
論文:「『現代批評理論』における「慣習」概念の諸相」『武蔵野美術大学研究紀要』No.35 '04年、「ニーチェ『ヴァーグナーの場合』におけるカルメン論の構造」同 No.38 '07年、「1990年代前半の社会教育雑誌におけるワークショップ論の特徴」同 No.43 '12年、「出版物に見る帝国美術学校創立期のイメージ」同 No.49 '19年、「金原省吾における「構想」の概念」同 No.50 '20年。

KANEKO, Shinji

Professor


Education: Sophia University, Graduate School of Philosophy, Master's Program.
Discipline: Theory of Design, Study of Mass Culture and Social History of Knowledge.
Major Papers:"Aspects of the Idea of 'kanshu' in 'Critical Terms for Literary Study'", Bulletin of Musashino Art University(BMAU), No.35, 2004, pp.13-18. "Structure of Nietzsche's comments on Carmen in The Case of Wagner", BMAU, No.38, 2007, pp.5-9. "Characteristics of workshop descriptions on social education journals in the early 1990's", BMAU, No.43, 2012, pp.33-38. "Images of Teikoku Art School establishment period seen in publications", BMAU, No.49, 2018, pp.53-59. "The concept of 'koso (conception)' in Kinbara Seigo", BMAU, No.50, 2020, pp.31-35.

研究概要

アートマネージネント論の思想的背景

 通信教育課程の科目「アートマネージメント」の教科書『アートマネージメントを学ぶ』のために書いた文章です。アートマネージメントという言葉は昨今よく目や耳にします。しかしそれが何で、何をするものなのか、人によって理解が異なるようですし、アートマネージメントをテーマにした本をいくつか読んでも、書かれていることは本によって大きく違っています。そこで、アートマネージメントの基本にある考え方を確かめてみることにしました。
 手立てとしては、アートマネージメントは英語ですから、英語で書かれたアートマネージメントの本をいくつか集めて、そこによく名前の出てくる人物を探しました。そういう人は、アートマネージメントにおける古典的人物ということになるので、その人の考えを調べれば、アートマネージメントの基にある思想がつかめるはずです。作業の結果、フランスの経営学者アンリ・ファヨール(1841-1925)、アメリカの心理学者アブラハム・マズロー(1908-1970)、同じくアメリカの都市経済学者リチャード・フロリダ(1957-)の3人が浮かび上がりました。
 それぞれの著書を読んでみると、ファヨールは企業が階層的な組織によって成り立っていて、その組織は理論に基づいて管理することができる、ということを唱えていました。マズローは人間の基本的な欲求を複数の段階に分けて、その上位に自己実現の欲求を位置付けていました。フロリダは世の中の人々を職業や仕事に基づく階層に分けて、その中のクリエイティブな人たちを引き寄せることで国や地域が発展すると主張していました。どれも今では当たり前の考えに思うかもしれませんが、彼らが言うまでは、そうとは思われていなかったのでしょう。そして、彼らの思想が混ざりあうことで、アートが人間にとって本質的で不可欠なもので、アート活動が盛んになることによって社会が発展して、その活動を組織的に展開するための運営方法が必要だという、アートマネージメントを支えている観念が生まれたわけです。
 3人のことは、日本のアートマネージメントの本にはほぼ出てこないので、教科書としては参考になるのではないかと思います。附論として、「マネージ」と馬術との関係を歴史的に辿りつつ、馬場での輪乗りとマネージメントサイクルとの相似を扱った短い文章を添えています。

出版物に見る帝国美術学校創立期のイメージ

金原省吾における「構想」の概念

 大学の研究紀要に発表した論文で、帝国美術学校創始者の一人である美学者・美術史学者の金原省吾の著書『構想の研究』(1933年)を題材として、創作過程における構想の意味を考察したものです。2019年に本学に造形構想学部が開設されましたが、造形活動における構想行為やそれによって形成された構想がどのように「学」として成立するのか疑問を持ったので、かつて金原が「構想」をいかに論じていたかを確かめることに取り組みました。
 金原は創作を「観る働」から「描く働」に至る過程として捉え、その中心に「構想」を位置付けています。また、それを論ずるにあたってドイツの美学者・心理学者であるマックス・デッソワールの説を援用しています。論文ではデッソワールの原文を参照し比較することで、金原の創作論の特性を明らかにしています。金原にとって「構想」は、単独で創作の成果として成立するものではなく、常に表現の行為、金原の言う「描く働」と結びつくことで獲得されるものでした。「構想」をめぐる思考は芸術における創造過程の中に織り込まれているものであり、創作に向けた感動も、作品制作による実現と切り離しては位置を持たないことを、金原は強調しています。それによって、表現などの形象化の行為と切り離された「構想」単体での探究が成立しないことを、すでに金原が示唆していたことが確認できました。
 論文作成の過程で興味深かったのは、『構想の研究』の内容から、金原が探偵小説家による「構想」の仕組みに強い関心を抱いており、なかでも江戸川乱歩の作品を愛好している様子がうかがえたことでした。このことは特に、『構想の研究』増訂三版(1937年)で新たに加えられた章に見て取ることができ、その箇所は金原による探偵小説論の趣を呈しています。当時の乱歩の人気と、その影響力にあらためて気づかされる経験でした。



教育概要

 通信教育課程の「卒業制作」で、卒業論文の指導を行っています。通信教育課程は学生の多くが社会人です。入学の時点ですでにさまざまな人生経験を持っていて、美術に対する興味や関心も鮮明な方が多いのです。ですから、研究テーマも、指導教員が自分の専門分野の題材を割り当てるようなものではなく、学生それぞれが、自分の経験の中から美術や芸術、文化に関わる題材を設定します。生活や仕事、地域と結びついた題材など、きわめて多様です。それゆえ、教員はその分野の専門家として指導するのではなく、それぞれの学生が自分の題材を研究テーマのかたちにして、研究を主体的に実践していくための方法を、主に指導していくことになります。いわば、学生の伴走者として、研究の過程を見届けていくのです。
 中には修士や博士の学位を持つ方もいますが、学生のほとんどは論文を初めて書くことになるので、論文の形式や要件、取り組み方などを一から説明していきます。特に、考察の前段である資料の調査や分析を重視した指導をしています。見解を表明する前に、まず対象を理解することを先決にするということです。今日、美術に関するさまざまな情報がテレビや雑誌、インターネットなどのメディアで提供されています。メディアに晒されることで、美術に対する学生たちの認識も、情報の影響を大きく受けることになりますし、当初の研究計画で設定するテーマにも、その反映が見て取れる場合が多くあります。そこで、メディアから与えられた先入見を離れて、事象自体と向き合うことが、指導上の大きなポイントになります。例えて言うと、アートの素晴らしさを広く世の中に伝えるためのメソッドを研究したいという学生がいるとして、本人の関心は後段の伝達や普及にあって、前段のアートが素晴らしいということは自明の前提になっているわけですが、むしろなぜ、どのようにアートが素晴らしいと言えるのか、ということを確かめる方向に促していきます。それによって、自分が当たり前と思っていたことが、実は意外とそうでもない、説明をしようとすると難しい、ということに思い至ります。これが学問の基本である批判的態度、つまり美術の世界に漂う無数の素敵な話、立派な物語に無自覚に乗っからず、自分で考える姿勢を身に付けることにつながり、その機会を設けることに教育の役割があると考えています。
 そのための手立てとして学生には、題材に関連したメディア研究を勧めることが多くあります。題材についてこれまで他の人がどのようなことを言っているのか、書籍や雑誌記事などを中心に、収集し分類することで、自分がその題材に対して興味を持った背景が確かめられるとともに、研究活動の基本である先行研究の把握をすることにもつながります。これは、社会人で、まとまった調査期間が確保できない学生にも、地元の図書館などを活用することで、ある程度の成果に至ることのできる方法でもあります。言うなれば、いきなり「ピカソ論」を語るのではなく、まずは「『ピカソ論』論」に取り組むようなものです。一見すると本質的ではない研究に思えるかもしれませんが、学生にとっての題材の認知がメディアを介したものであるならば、それを一次資料とすることは、研究の客観性を担保する上で、きわめて真っ当であると考えます。
 研究を実質的なものにしていく上で、学生にはテーマを絞り込むことを繰り返し指導していきます。大きな話の概論を語るのは気分が良いものですが、検証のしようが無く、それゆえ他者から否定もされにくく、言いっ放しで終わりがちなものです。そうでなはく、具体的で個別的な各論、事例研究として取り組むことで、他者にとって意味のある成果につながっていきます。学生のもともとの問題意識は幅広いので、卒業論文だけでは多くの課題が残された状態になりますが、それは今後各自が生涯にわたって研究していくもので、ここではそのための基本的な能力を身に付けてほしいと願っています。
 美術大学はアートワールドの中心に位置し、その世界観を再生産する装置です。その中では美術は善であり、第一義のものとされます。いっぽう社会では美術はさまざまな事象の一つであって、それだけが特権化されるものではありません。通信教育課程の卒業論文では、美術に対する社会の人々のリアルな認識がかたちとなって現れますし、それは時にアートワールドを相対化する作用も伴います。かつて武蔵野美術短期大学に生活デザイン学科があったように、造形を生産だけではなく社会における受容の面から批判的に吟味する視点を美術大学が自らの中に持っているところに、ムサビの卓越した視座があったわけで、その意味で通信教育課程の卒業論文はムサビの本質と結びつく教育活動であると確信しています。
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